生きる意味とは?2
自分を自己否定するようになってしまってから二年・・・。
日に日に生きることが苦しくなっていきました。
それまでは、考えたこともなかった
「自分は何の為に生きているのか」
という答えを求め続け、「その答えを持たない自分はダメな存在なんだ」といったような、価値観・思いに心が埋め尽くされていたからです。
どうしようもない、生きる事が拷問のように感じられる日々・・・。
そのような時を二年ほど過ごした頃、ある転機があったのです。
それは「あきらめた」事でした。
私は、自分の人生を諦めたのです。
あきらめる。なんていうと、あまり良くない事のように思われるかもしれませんが、私も諦めることはいけない事のように思っていました。
当時の私にとって「自分の生きる意味」が解らないという事は、死を意味するのと同じ事でした。
だからこそ、必死になってその答えを求め続け、考え続けたのです。
しかし、その答えを探す事を諦めました。
2年間、昼夜を問わず考え続けていても答えが見つからず、あまりにも苦しくて苦しくて仕方がなかったからです。
それでも私に取って、考える事を止める事は、生きるか死ぬかを選択するか?というほどの決断だったのです。
なぜなら、考える事を止める事は、自分の人生を諦めるという事と同じ意味だったからです。
しかし現実は、考える事を止めて人生を諦めた時から、少しづつ変わっていきました。
今なら解りますが、「物事の対する執着をやめる」という事は、解放されて自由になるという事を意味します。
まさに、私にとっては生きる事をあきらめる。というを意味をしていた「自分は何のために生きているのか」という事の答え求める事を止めた事で、心が解放されたのです。
これは、私の引きこもりの苦しさの中にあった1つの転機でした。
心が、苦しい状態にあるとき、人は何かに執着している事が多々あります。
もしあなたが苦しいとき、その執着に自分で気が付き、そして手放す事ができたら以前の私のように、それだけで状況が一変する事もあるかもしれませんね(^_^)

