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      <title>元引きこもりが語る、ひきこもりからの脱出日記</title>
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      <description>
　　　　　　　　不登校・引きこもり 子供　経験者　体験者　カウンセラー　カウンセリング　小学生 中学生 高校生　親　メッセージ　話　方法</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
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         <title>人は何の為に生きるのか？（歌をお届けします。）</title>
         <description><![CDATA[どうもよーえつです（＾＾）


精神的に不安定で、引きこもりだった十代の頃、私は毎日毎日考えていました。

「人は何のために生きているのだろう・・・」と。

きっと毎日の日々が楽しかったのなら、そのような疑問をもったり考えたりすることは無かったかもしれません。

しかし、あまりにも苦しくて苦しくて仕方がなかったから、

「自分の存在を消し去りたい」

と、そう思わずにはいられないほどまでに自分自身の事が大嫌いだったから、

毎日毎日、頭が痛くなるまで考え続けたのだと思います。


多くの人々を「生きることの意味」に目覚めさせたオーストリアの心理学者、ヴィクトル・フランクルは、「それでも人生にイエスと言う」という著書の中でこのように言われています。



「私たちは、生きる意味を問うてはならないのです。

人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているからです。
私達は問われている存在なのです。

それは、ものごとの考えかたを１８０度転換することです。
その転換を遂行してからはもう、「私は人生にまだ何かを期待できるか」と問うことはありません。

いまではもう、「人生は私に何を期待しているか」と問うだけです。
人生のどのような仕事が私を待っているかと問うだけなのです。

私たちは、人生が出した問いに答えることによって、その瞬間の意味を実現することができます。」


この言葉を簡単に言い表すのなら、フランクルは、

「人は人生に“問う”存在なのではなく、人生の方から“問われている”存在なのである」


という事を言われているのだと思うのですが、不登校・ひきこもりの状態だった当時の私は、もし、この言葉を投げかけられても、きっと解らなかった事でしょう。

自分の思い描く姿になる事が治る事だと思っていた当時の私は、解らなかったというより、解りたくなかったといった方が正しいかもしれません・・・。


ですから、とにかく自分の理想（思いどおりの姿になる事）が良くなる事だと、状況が良い方向へ向かっていくゆういつの方法だと固く信じていた当時の私には、きっとこの言葉を投げかけられても、その真意は解らなかった事と思います。


正直今でも、

「このフランクルの言葉の意味を全てを説明して下さい」

と言われたら、はっきりと口に出して上手に人にお伝えする自信は無いのですが（苦笑）、それでも自分なりに、この事の意味を理解し、捉える事が出来ていますし、

又それと同時に、どうしたら、その以前の私のようなどうしようもな苦しい状態から抜け出す事が出来るのか？という事も、その為の具体的な方法も、現在の私には解ります。


しかし昨晩自分でもかなりビックリしたのですが、その苦しみの中にいた不登校・引きこもりの状態であった１７歳当時の私には、このフランクルが言われているような、


「“問う”のではなく常に“問われている”」


という、人生の本質的な事を、感覚的に解っていた部分もあった事が今日になって発覚致しました。


私が１７歳の時にテープに吹き込んでいた自作の歌が、昨晩たまたま方付けをしていた時に出てきたのですが、その歌では、このように歌われていたからです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

死に向かい生きている

悲しみ、苦しみ、失望、絶望・・・

人は何をする為に

どこに向かい生きるのだろう

ああ　教えてほしい

生きる事の意味を

ああ　俺の心は

どこにある・・・？


生きる事への　光は

希望　そして　愛され　愛する事

想いが　闇に　塗りつぶされそうでも

光は　闇に　絶対負けねえ

希望は　スッゲー良いもの

良いものは　死なない

希望は　スッゲー良いもの

光へ向かえ・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


この歌詞からは、人生に「問う事」から「問われている事」へと、心がシフトしていっている事が伺えます。

まだ当時は、フランクルの「フ」の字すら知らなかったのですが、きっと苦しみの中にいた中からでも、その「真理」をどこかで感じ取っていたのかもしれません。

だからこそ、本来であれば人様に聞かせる事の出来ないくらい荒削りで未熟な歌を、１７歳当時の私の心の叫びを、是非皆さんに公開させて頂きたいと思いました。

なぜなら、それが不登校・引きこもりだった当時の私の本音でもあり、又、絶望の中に希望を見いだす事の出来た瞬間の気持であったからです。

（恥ずかしくて恥ずかしくて、初めはとても公開なんて出来ないと心の底　から思ったのですが・・・（苦笑））

もし良かったら１７歳の、不登校・引きこもりだった頃の私の心の叫びを聴いてみて下さい。
（歌っているのも、１７歳当時の私です）

<a href="http://frees1010.sakura.ne.jp/seventeen-song">http://frees1010.sakura.ne.jp/seventeen-song</a>

（クリックして頂いて、開く選択して聞いて頂く事ができますし、文字上　で右クリックで対象をファイルに保存を選択して頂くと、ダウンロードし　て頂く事が出来ます。）


もしもし少しでも今、聞いて下さったあなたに伝わるものがございましたら幸いです（＾＾）

]]></description>
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         <pubDate>Sat, 18 Oct 2008 16:42:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>２４年間を振り返って・・・。</title>
         <description>実は本日、１０月１０日（旧・体育の日）で私は２４歳になりました！


人生の先輩方からみれば、私はまだまだ２４年しか生きていない若造なのですが（笑）、この短い人生の中でもなかなか同世代の方々や普通に歩んで来られた方々が、体験した事のないような多くの事を
させて頂いてきたように思います。


私は、心に葛藤を抱えた十代半ばの頃から、不登校・引きこもりの状態となり、自己嫌悪と人の視線などに対する恐怖心から昼夜逆転のした苦しい日々を送り、そのような中にあって、やり場のない気持
どうじようもない気持ちが抑えられなくなると、時には周りにある物を壊したり自分で自分の体を傷つけたりしていました。

決して、そのようにしたくてしていた訳ではありません・・・。

そうする事でしか、当時の私の精神状態では自分を保つ事が出来ませんでした。

又、そのような自分でもどうしようも無い苦しい気持ちや葛藤から、生きていく自信を失い、自らの手で命を絶とうとした事も何度かありました。


また非行へと走り、暴走族の仲間と真夜中の道路をバイクで暴走したり、 敵対しているグループや相手と時として喧嘩をしたり、ドラックなどをキメたりしていた事もありましたし、

自分と似たような仲間とバンドを組み、ライブハウスやイベントに出演して、多くの人々の前で歌を歌ったり、心が元気になってからは、ギャル男（ギャルの男バージョンです（笑））となり、毎週のようにクラブ（昔でいうディスコです）へと通い、トランスやパラパラ（ユーロビート）を友達と踊りにいったりしていた時期もあります。


また、そのような時を過ごしている時間の中にあって、幾人かの親しかった方や友達が自らの手で命を絶ち、

私自身も、自分のおかれている現実を認める事が出来ず、生きる事が拷問のようにしか感じられないような多くの時間の中で、現実から逃げ回っていたのですが、多くの方に、ありのままの存在を受け入れて頂いた事によって、少しずつ自分自身とか向き合う事が出来るようになり、


「いっその事、死んでしまいたい・・・」


と思わずにはいられないほどの絶望や失望にも勝る、それ以上の大きな「希望」と、自分は生きているのではなく、偉大なる存在から生かされているのだという「真実」をその苦しみを通して知りました。


そして希望を感じる事が出来るようになり、心が癒されてからは、日常生活を普通に送る事が出来るようになり、ギャル男などをしながらも、さらなる心の世界の学びや自己啓発、成功哲学や人生の法則などを、本や教材やセミナーなどに出席して、とにかくどん欲に学びました。


そして自分が多くの方々に愛を注いで頂き、癒されたように、私自身もいつの間にか、自然と以前の私のような不登校・引きこもりや非行、又、援助交際などをしているお子さんと関わらせて頂いたり、

そのようなお子さんに問題を抱えていらっしゃる親御さんのお話を聞かせて頂いたり、大勢の方の前でお話をさせて頂く機会が与えられていくようになっていきました。


そして、社会になかなか適合できず、一般の人と同じ事（不得意な事）を普通にする事すらもなかなか出来なかったり、ストレスを感じてしまう自分自身（ＡＤＨＤ）の生き方を真剣に探し始め、自由に対するとても大きな欲求と尊敬する方々に対する憧れから、２０歳くらいの頃からは、ビジネスやマーティングなどについても学びも始めました。


そして学んび吸収した事を実践し続けた結果、時には騙されて、あんパン一つ買えないような状態になってしまったり、借金が借金を生んでしまうような生活をするはめになってしまった事までもありましたが（苦笑）、それでも学び、行動し続けていく事によって、結果も少しづつ出てくるようになり、心関係のお仕事を本業として生計を立て、自分や一緒に仕事をして頂いている方々が最低食べて行けるくらいにまでなる事が出来ました。

そして今日に至っています。


正直な所、

「これまでの人生の中で苦しい事と楽しい事どっちの方が多かったですか？」

と聞かれましたら、

「苦しい事の方が多かったです」

と答えてしまうというのが、現在の私の本音ですが（笑）

幸せは「なるもの」では無く「感じるもの」であり、状況や条件などによって決まるものなどでは無く、今ここで見い出すものであるとするのなら、（私は幸せの定義をそのよう思っています）、今私は、

「幸せです」

と胸を張って言わせて頂くと共に、

こうして今日まで私が歩んでくる事が出来たのは、私の人生に関わって下さったお一人お一人のおかげである事を、今、しみじみと感じながらこのメルマガを書かせて頂いています(^^)


「人生は出会いで決まる」


と私のメンターの先生は方はよく言われているのですが、正にその通りで、

「いい出会い」と思える出会いはもちろんの事、以前は、

「良くない出会いだった」

とそれまで思えていた事も、過去の傷だと思っていた事すらも全て、私にとって必要で大切な出会いであり、人生を支えとなっていた事が今ははっきりとわかります。


私は人様に堂々と語れるほど凄い事などをしてきた訳ではございませんし、お話しさせて頂いたとおり、どちらかというと口に出すにも恥ずかしいと思えるような事をもこれまで多くして来たのですが （苦笑）、
そのような経験や体験は全て、私の人生において、無くてはならないものだったと言い切れるまでに大切なものであり、自分自身の至らなさを日々感じながらも、それもすべてが自分自身の一部である事を認めると共に、今は、消したりたいと思うまでに大嫌いだった自分自身の事が、結構好きでいる事が出来ています(^^)


これまで自分のこれまでの人生について簡単に書かせて頂いてきましたが、最後にこの場を借りて、ここまでの私の人生に関わって下さった全ての方々にお礼を述べさせて頂きたいと思います。


まず私をこの世に誕生させてくれた両親に、そして私の心のメンターであるＨ・Ｔ先生 、どうしようもなかった十代の頃に関わって下さったＴ先生ご夫妻、Ｋさん、ツッパっていた中学生も私を初めて認めて
下さった大人であり、の後の道までもを開いて下さったＡ社長、

苦しい時をともに過ごしたＳくん、Ｎくん、Ｔ君、亡くなってしまったＨ、いつも優しい目で見守ってくれているＪさん、悪友達のＫ、釣り仲間であり、ギャルオの世界を教えてくれたＹ君、ビジネスの先生であり、今も私にマーティングと生き様を間近で見せて下るＷさん、スタッフとして一緒に仕事をしているＵ君、同級生のＡやＹ、Ｍ、若くして父親になったＴ、いつも私に良くして下さるＮさん、Ｋさん、親戚一同の皆様、Y・Kの皆さん、Ｓ・Ｋの皆さん、そして私のＣＤを聞いて下さった方々、クライアントの方々、そして今、この記事を読んで下さっているあなたに、今ここで心から感謝申し上げますm(_ _)m

本当にありがとうございました！

そしてこれからも若輩者ではございますが、どうぞよろしくお願い
いたします(^^)

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         <pubDate>Fri, 10 Oct 2008 12:19:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>不登校・引きこもりからどのようにして改善されたのか？２</title>
         <description><![CDATA[どうも、よーえつです（＾＾）

今回は、前回の記事

私が不登校・引きこもりの状態からどのようにして改善されのか？

の後編です。

前回の記事では、私は自分自身の存在基準をdoingやhavingによって計ってしまっい、ｂｅｉｎｇを蔑ろにしてしまっていたからこそ、苦しくなってしまい不登校や引きこもりにならなければならないような心の状態となり苦しくなってしまったのですが、

そのような状態から、多くの方に愛を注いで頂き心の世界の勉強をしていった事で、少しづつ「ありのままの自分」を受け容れ、そのままを認めていく事ができるようになっていった事で、（being）に立つ事が出来るようになって行った事によって、徐々に苦しい状況からも改善されていったという事をお伝えさせて頂きました。

今回の後編では、その後私はどのようにして現在のような活動をさせて頂くようになっていったのか？という事をお伝えさせて頂きますね。


私は自分が多くの方に助けていただいたように、今度は私が苦しさの中にいらっしゃる方を導かせて頂く立場であるカウンセラーを目指すように自然となっていきました。

「カウンセラーになりたい！」

と強く思ったり願ったりした訳ではなく“当たり前の事”ように、そのような方向へと向かっていったのです。


私の周りには多くの心病まれる方やカウンセラーの先生がいた事、又、それまで高木先生やほかのカウンセラーの先生から関わって頂くたびに

「ようえつ君が今している体験は、必ず多くの人の役に立てる日が来るよ！」

といつも言って下さっていたからこそ、自然とそのように思うようになっていったのだと思います。

ですから私は、仕事として（職業として）カウンセラーをするかどうか？という事まで深くは考えていませんでしたが、自然と自分もカウンセラー的な関わりをしていくようになるのだと思っていました。

そして実際に、１９～２０歳くらいから不登校や引きこもりのお子さんがいらっしゃるご家庭にボランティアで行かせて頂いたり、お子さんの事で悩んでいらっしゃる親の会でお話しをさせて頂いたり、援助交際をしている子や非行に走っている子と関わらせて頂いたりさせて頂くようになっていき、それが現在の「カウンセラー」としての活動をさせて頂くまでに至っているのですが、これまでそのようなカウンセラー的な関わりをさせて頂いてきて、１つ解った事があります。

それは、

<strong>子供というのは、決して親の言っている事を見ているのではなく、行動を見ている</strong>という事です。

もっと私の言葉で言うのなら、「生き様」を見ているという事でしょうか？

♪～幸せなら態度で示そうよ　ほら、みんなで手をたたこう～♪

という歌がありますが、まさに口でどうのこうのと言うのではなく、お子さんの状況が最も早く改善されて行く為には、ただ態度で示していく事がもっとも効果的だという事が、これまでの経験から私は解りました。

少し厳しい事を言ってしまいますが、親御さんが何も学ばれず、お子さんにとって口うるさい存在であられるのならば、おそらくお子さんは向上しようとしたり精神的に成長しようとしたりする方向へはなかなか向かって行かない事と思います。

<strong>なぜなら子供は、言葉を聞いているのではなく、親御さんの態度や行動を見ているからです。</strong>
本能的にそこから、生きる事の意義を感じ取っているからだと思います。


これは一個人的な意見ですので参考程度に聞いて頂きたいのですが、

<strong>私はこれまでの経験や体験から、親御さんの役目というのは子供のありのままの存在（being）を認め尊重し、「あなたはそのままで良いんだよ」と肯定してあげ、お子さんの持ち味や特質、性格などの個性を伸ばして上げられるような関わりをされて行く事なのだと思います。</strong>

そしてそのようなお子さんの心が癒されていくような関わりをされていく為にまず、親御さんご自身がご自分を大切にされて行かれる事や、ご自分のbeingを認め尊重し、強めて行かれる事こそがとても大切な事となっていかれます。

ですから、まず親御さんご自身が、ご自分のありのままの存在を大切にされて行かれる事がとても大事な事であり、問題解決の鍵となっていくんです。

だからこそ、もし今このブログを読んで下さっているのあなたのお子さんが、苦しさの只中にいらっしゃるのでしたら、お子さんの状況がより良い方向へと改善されていく為にも、何よりご自分自身がよりこれから幸せな人生を歩んで行かれる為にも、まずご自分を大切にされて行かれて下さいね（＾＾）

今回は前回と続けて、私はどのようにして不登校・引きこもりの状態から改善されていったのか？と言う事をお伝えさせて頂きましたがいかがだったでしょうか？

もし少しでもあなた様のお役に立つ頃が出来ましたら、私は最高に幸せです!


PS

人生で起こる事は、「良い」と思える事も「良くない」と思えてしまう事もすべて“必然的”に起こっているので（らしいので）、多くの人々を「生きることの意味」に目覚めさせた心理学者ヴィクトル・Ｅ・フランクルが言われているように、私たちは、<strong>“人生に対して問う存在”なのではなく、“人生から問われる存在”</strong>なのだと改めて感じた今日この頃でした。]]></description>
         <link>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2008/06/post_42.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">■不登校・ひきこもり</category>
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         <pubDate>Fri, 20 Jun 2008 09:04:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>不登校・引きこもりのからどのようにして改善されたのか1</title>
         <description><![CDATA[※この記事は、発行させて頂いているメールマガジンでを書いた記事なのですが、ブログ用に書き直してしてUPさせて頂きます（＾＾）



このブログ読んで下さっている方は、勿論ご存じだと思いますが、私は以前不登校・引きこもりの状態でした。


なぜ不登校や引きこもりの状態になってしまったのか？

と申しますと、<strong>それは不登校や引きこもりの状態にならなければならないような不安定な心の状態になってしまったから</strong>です。


心理学では、自分自身の存在の事をbeing　行動の事をdoing　結果の事をhavingというのですが（言葉のままですね（笑））、苦しくなってしまい、引きこもりにならなければならないような心の状態になるまでの私の自分に対する自分の存在基準というのは、今思えばdoingやhavingによって決まっていたからこそ、苦しくなってしまったのだと思います。


当時の私の価値基準では、

<strong>“自分が行った「行動」や「結果」など目に見える形が現れているかどうか？”</strong>という事によって自分の価値が決まっていたのです。


スポーツや勉強が人よりも出来るだとか友達から一目置かれているだとか、そのような人からの目に見える評価によって自分の存在価値を計ってしまい、

「出来るか・出来ないか」

という事に自分の価値の重点を置いて、

「ありのままの自分の存在（being）」

をないがしろにしてしまっていたからこそ、自分自身の価値を見失い苦しくなっていってしまったのだと現在の私には解るのですが、まだ中学生だった当時の私には、そのような事もまったく解らず、どうして自分は苦しい苦しくて仕方がなかったのかが全く解りませんでした。（もっと詳しく言うなら、自分が苦しいのかどうか？という事すらも、初めは苦しい事が当たり前になっていて気がついてすらいませんでした。）


そのようなどうしようもなく苦しい状態から改善されていくまでには、本当にいろいろな事があったのですが、癒されてて行くまでに多くの方から愛を注いで頂き、自分でも心の世界の勉強をしていった事で少しづつ
「ありのままの自分（being）」

を認め受け容れ、そのままを認めていく事ができるようになっていき、その結果として徐々に苦しい状況からも改善されていく事が出来ました。


そのようにして癒されていく段階で多くの事があり、私が多くの方に助けて頂いたように、私自身もカウンセラーを志すようになっていったのですが、それからのお話は、次の後編でお伝えさせて頂きますね（＾＾）


最後にこのブログを今読んで下さっているあなたにご質問です。

<strong>「あなたは今の生活を“どのように”感じていらっしゃいますか？」</strong>

多くの方々は、以前私が気がついていなかったように、「苦しい事」が当たり前になりすぎて、心が本気で悲鳴を上げるまで気がついていらっしゃらない事が多くあるように思います。
多くの人はご自分のbeingを蔑ろにしてしまっている場合がほとんどです。


ですから私がお薦めしたい事は、日常生活を送っていく上でご自分がいつの間にか蔑ろにしてしまっているかもしれない（感じない事が当たり前になっている）ご自分のその「気持ち」や「感情」に耳を傾け、

その「気持ち・感情をありのまま感じてみる」という事です。

実際にされてみると感じて頂けると思いますが、もしかしたらその簡単な作業は、新たな価値観や人生観の出会いになるかもしれませんね♪


それでは、後編に続きます。
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         <link>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2008/06/post_41.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">■不登校・ひきこもり</category>
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         <pubDate>Fri, 20 Jun 2008 08:30:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>親御さんの「大丈夫」という気持ちの大切さ　後編</title>
         <description>どうもよーえつです（＾＾）

今回は前回記事、「親御さんの「大丈夫」という気持ちの大切さ」の後編です。

今回もあなた様のお役に立てるような記事を書かせて頂けるべく頑張らせて頂きますので、どうぞ宜しくお願いいたします。

前回の記事では、子供の不登校や引きこもり、非行などの事で悩んでいらっしゃる親御さんというのは、お子さんが「治る為の方法論」を求めていらっしゃる方が大変多いのですが、実際にはその方法論でお子さんの心は癒されていく訳ではなく、実は、親御さんの心のあり方によってお子さんは癒されていくので、本質的な部分でお子さんがより良い方向へと改善されていく為のベストな関わりを“自然とされて行く事が出来るように”導かせて頂くようなカウンセリングをさせて頂いているというお話しをさせて頂きました。

それでは、私はどのようにして具体的なカウンセリングをさせて頂くのか？と申しますと、まず親御さんご本人に、

「お子さんはたとえ現在は引きこもっていても不登校だとしても大丈夫」

と少しでも思って頂けるように導かせて頂いています。

具体的には、「大丈夫」と思って頂く為に、まずお話しをきかせて頂いた上で、私自身の不登校や引きこもりだった時の事例や、お子さんと同じような状況だった方で現在は元気になられて癒された方のお話しを事例として出させて頂いたり、又そのお辛い気持ちを出来る限り受け容れ受容させて頂いて、とにかく少しでもお子さんの状況が、不登校であったり引きこもりの状態であったりしたとしても、

「大丈夫」

と思って頂けるような関わりをさせて頂くんです。

すると、これまで絶望されていたりご自分を攻めずにはいられなかったような状態からも希望が見えるようになってこられたり「大丈夫」だという事を確信されて来られたりと、心にエネルギーが貯まっていき、
お子さんに対してもそのような、心と接するような関わりが出来るようになって行かれます。

ちょっと説明が解りづらいと思うのですが（文章が下手でごめんなさい）、ですからお子さんが癒されていく為には、このようなケースにおいて、お子さんがどのような状況や状態であれ、まず少しでも親御さんに「大丈夫」と思って頂く必要があるのです。

しかし、単刀直入に

「大丈夫と思って下さい」

と私が言わせて頂いても、それだけでは「大丈夫と思うえる事の大切さ」が伝わりませんので、だからこそ、お子さんが癒されていく為にも又、親御さんご自身の為にも自然と「大丈夫」と心から思って頂けるようなアプローチを取らせて頂くのです。

そして本当に「大丈夫」と思ってゆけるようになり、その「大丈夫の感覚」が心の中に育っていかれますと、親御さんご本人の心も安定して、現実の物事に揺さぶられなくなってゆきますし、大丈夫という土台に立たれているのでこれまでの対応や関わりも良い方向へ変化していき、そして、結果的にはお子さん状況はより良い方向へと改善されていくようになっていきます。

ですから私がカウンセリングをさせて頂く際には、その各々のケースにもよって変わりますが、多くの場合はそのように「大丈夫」と思って頂けるような関わりを常にさせて頂けるように心がけさせて頂いてるのですが、もし、あなたのお子さんが引きこもっていらっしゃったり、非行に走っていらっしゃたりと、何らかの問題を抱えていらっしゃって悩んでいらっしゃるのでしたら、（“問題”という表現はあまり良くない事だと思うのですが、ここでは、解りやすご理解頂く為に、そのような表現をさせて頂きます）まず、現実がどのような状況であったとしても、まず「大丈夫」と思って行かれるように心がけて行かれて下さい。

すると、その「大丈夫」というお気持ちは必ずお子さんに伝わっていきますし、大丈夫という揺るがない土台に立たれて毅然とした心の姿勢で、最後までその物事と向き合われて行かれた時に、お子さんの状況は“必然的”により良い方向へと向かって行くようになっていきます（＾＾）

前回、今回とご説明させて頂いてきましたが、ですからまずとても大切な事というのは、お子さんの状況がどのような状況であれ、そいの状況がより良い方向へ改善されていく為にはまず親御さんご自身が、「大丈夫」と思われるように心がける事がとても大切な事となっていきます。
その「大丈夫感覚」を育てられて行かれる事こそがお子さんが、最善の関わりをされて行かれる為の秘訣なんです。


ですから、もしあなたのお子さんが何かしらの問題を抱えていらっしゃるとしても、まず「大丈夫」と思われるように心がけて下さい。

不安でもいいんです。

なかなか、大丈夫だなんて思えなかったとしても良いんです。

不安や心配を持っていて当たり前です。
そんな不安を抱えているあなたでも、心配をされてしまうあなたでも良いんです。


ただ、ほんの少しだけでも良いですので、「大丈夫」と思えるようにだけ心がけて下さい。

すると、そのほんの少しだったはずの思いは、徐々に大きくなり、そしていつしか確信を持って「大丈夫」と思えるようになり、お子さんが癒されていくような良い関わりも出来るようになって行かれます（＾＾）


お子さんの状況や現実がどのような状況であれ、まず「大丈夫」と思うように心がける事。
その事こそが、お子さんが癒されていくようなより良い関わりをされていく為に大切な秘訣です！

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         <link>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2008/05/post_39.html</link>
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         <pubDate>Thu, 29 May 2008 00:32:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>親御さんの「大丈夫」という気持ちの大切さ　前編</title>
         <description><![CDATA[どうもよーえつです（＾＾）

以前一度、「質問に答えるコーナー」というタイトルで記事を書かせて頂いたのですが、今回も、私がこれまで多く頂いたご質問に対する回答をさせて頂きます。

私はこれまで、本当に多くの不登校やひきこもり、非行など子供の問題の事でお悩みになる親御さんのお話を多く聞かせて頂いてきました。（関わらせて頂いた方で４００人以上、お話しを聞かせて頂いただけなら、四桁を上回る方々のお話しを聞かせて頂いて来ました）

そして、その中で私が一番多く聞かれたり質問された事というのは、「どうすれば良いんですか？」（子供は治るんですか？）という内容のものだったように思います。

勿論、そのような答えを求めておられるお気持ちも良くわかりますし、一刻も早く、そのような状態からお子さんに改善されてほしいと願っていらっしゃるのですから、そうご質問してしまうのは、当然の事なのだと思います。

しかし、少し厳しい事を言わせて頂きますが、そのような「方法論だけ」を求めていらっしゃっても、「決してお子さんの状況は、改善されて行きません」と私はこれまでの経験から断言する事が出来ます。

カウンセリングをさせて頂く際には、まずお話しを良く聞かせて頂いて、そのお一人お一人の置かれている状況や状態などによって具体的なアドバイスをさせて頂くのですが、その場合にも基本的には「方法」をお伝えするのではなく、お話しをきかせて頂いた状況などから推測された、
お子さんの状況が、より良い方向へと改善されていく為の関わりを、親御さんが<strong>“自然とされて行かれる事が出来るように”</strong>導かせて頂いています。

具体的には例えば、お子さんが引きこもっていらしゃって

「子供の将来が不安で不安で仕方がない」

とそう思われていらっしゃるようでしたら、例えどのような良い方法や関わりをお伝えし、実践して頂いても、親御さんの中にある「不安」の方が強ければ、そちらの方が前に出てしまい強くお子さんに伝わっていってしまいますので、どのような効果的な関わりをお伝えさせて頂いたとしても効果は現れずらいですし、下手をすれば、心にも無い事をしたり言っている事になってしまって、逆効果になってしまう場合すらもありますので、まずは、“方法論ウンヌン”の前に、親御さん自身が少しでも「大丈夫」というお気持ち持って頂く必要があるんです。

ですからまずこのようなケースの場合は、具体的な関わり方や方法論をお伝えする前に、「大丈夫」という土台の上に立っていって頂けるような、関わりを出来るように心がけさせて頂いています。

しかし、

「お子さんの事を大丈夫と思って下さい」

といきなり単刀直入に言わせて頂いたとしても

「そう思えないから相談してるのに・・・」
「具体的な方法を教えて下さい」
「この人は私の痛みを理解できない」

といったように感じられたり、思われてしまわれたりしてしまう事も多いと思います。

なぜなら、人というのは本質的に“解って貰いたいもの”ですし、解って貰えた、受け容れて貰えた時に癒されていくものだからです。
（ですからカウンセリングでは、大原則として“変えようとするな、解ろうとせよ”と良くいわれています。）

それでは私は、今回上げさせて頂いたような場合において、どのような関わりをさせて頂くようにしているのだと思いますか？

又明日に続かせて頂きます（＾＾）



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         <link>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2008/05/post_38.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">■子供を持つ親御さんへ</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 26 May 2008 15:16:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>野口嘉則さんが新刊を出版されました。</title>
         <description><![CDATA[どうも、よーえつです。

ブログ再開の第二弾の記事は、本&キャンペーンのご紹介をさせて頂きますね。

あの１００万部を超えるミリオンセラーにもなった「鏡の法則」の著者、野口嘉則さんが、『３つの真実』という名前の新たな本を出版されるという事で、5月12日（月）午前0:00 ～ 5月19日（月）24:00までの期間の間、<strong><a href="http://coaching-m.co.jp/3truth.htm">こちらのページ</a></strong>でキャンペーンをされています。

なんと、その期間の間に『３つの真実』をご購入されると、なんと！インターネット上“のみ”の公開動画セミナー、「自己実現力の磨き方」を無料で拝見できるようになります。

野口嘉則さんは、メディアなどには顔を出されない方針で活動をされていて、講演やセミナーなども現在は一切されていないそうですので、普段ではなかなかお目にかかる事の出来ないのですが、今回はこの期間の間に購入してキャンペーンにお申し込みされた方は、野口さんご本人がされた動画セミナーを拝見する事が出来ますので、ぜひこの期間内に入手される事をお勧めいたします（＾＾）

私はいつも野口嘉則さんの<a href="http://coaching.livedoor.biz/"><strong>ブログ</strong></a>やメールマガジンなどでいつも学ばせて頂いていて、本当に大尊敬しているのですが、（実はこのブログも、野口さんのブログをモデリングにして書かせて頂いています）その野口さんが本を出版されたという事で、早速先ほどamazon注文しました。この記事を書いている今この瞬間も届くのが楽しみなほどです（笑）

ａｍａｚｏｎでご注文される場合は、<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/3%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F-%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%82%8B%E2%80%9C%E6%84%9B%E3%81%A8%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%81%A8%E8%B1%8A%E3%81%8B%E3%81%95%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86%E2%80%9D-%E9%87%8E%E5%8F%A3%E5%98%89%E5%89%87/dp/4828414312/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1210648449&sr=1-1">こちら</a></strong>からして頂けます。


是非この機会に、「3つの真実 人生を変える“愛と幸せと豊かさの秘密」を読まれてみてはいかがでしょうか？

最後に、この 『３つの真実』の予告編ムービーをご紹介いたしますね！　このムービーだけでも素晴らしい内容ですので、ぜひ見てみてみて下さい（＾＾）
<object width="350" height="280"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/5ZaW6IGqCYM&hl=en"></param><param name="wmode" value="transparent"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/5ZaW6IGqCYM&hl=en" type="application/x-shockwave-flash" wmode="transparent" width="395" height="325"></embed></object>





]]></description>
         <link>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2008/05/post_36.html</link>
         <guid>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2008/05/post_36.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">■本のご紹介</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 13 May 2008 11:37:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ブログを再開させて頂きます！</title>
         <description>どうもお久しぶりです！よーえつです（＾＾）

約半年間ほどブログを更新していなかったのですが、本日から再開
させて頂きますので、どうぞこれからも宜しくお願いいたします。

この更新をしていなかった期間の間に、メールを下さった多くの方々に感謝申し上げます。本当にありがとうございました！

又更新して居なかった期間にコメントを下さった、いくママさん、しずくさん、あいさん、シンさん、ありがとうございます。
コメントはきちんと読ませて頂いていましたし、本当に嬉しかったです。コメントに対する返事を書き込めずに、どうも申し訳ございませんでした。


なぜ、この半年間もの間、更新をしなかったのか？と申しますと、このブログはＭＴ（Movabletyp）という少し特殊なブログで、自分で全てをカスタマイズをするタイプなのですが、ふとした事がきっかけでシステムが壊れてしまい、構築する事が出来なくなってしまいました。

本当はすぐプロの方にお任せすれば良かったのですが、どうしても自分で直したかったので、時間が出来たらシステムの事も勉強して自分で修復していこうと思っていました。

しかし、いざシステムの勉強をしようと思うと、仕事など優先的にしなかればならない事などが多くあり、なかなか時間が取れずに今日まで至ってしまいました。（結局は、自分で直さずプロの方に直して頂きました（苦笑））

まだ、すべてが治った訳ではございませんで、コメント欄やアーカイプのページは見づらいような状態なのですが、（近々直して頂きます）更新する事は出来ますので、また本日からこの日記をつづらせて頂きます♪

これからも、コメントなどを書き込んで下さったり御連絡を頂けると本当に嬉しいです。

それでは、本日から再開するこの「元引きこもりが語るひきこもりからの脱出日記」を、そして私よーえつを、どうぞ宜しくお願いいたします（＾＾）


</description>
         <link>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2008/05/post_35.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">■その他</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 13 May 2008 01:03:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>バックナンバーブログを作成しました！</title>
         <description><![CDATA[どうもよーえつです。

メルマガのバックナンバーを公開したブログを作成致しました（＾＾）
それは、<strong><a href="http://ameblo.jp/frees1010r/">こちら</a></strong>です☆

これまで、約一年半に渡って「大丈夫！ひきこもりから解放される心の話」というメルマガを発行させて頂いて来て、前回のメルマガからタイトルを「「大丈夫！！あなたを幸せへ導く心のメッセージ！ 」　へと変更させて頂いたのですが、これまでは、発行してきたメルマガのバックナンバーを公開していませんでした。
しかし、これからはこれまで発行してきたバックナンバーも含めて、全て公開させて頂きます！
この、ブログとも又ちがったメッセージナンバーですので、是非見てみてくださいね♪]]></description>
         <link>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2007/11/post_34.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">■その他</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 27 Nov 2007 04:21:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>最終的に「心が癒される」秘訣とは何なのか？（後編）</title>
         <description><![CDATA[こんにちは、ヨーエツです（＾＾）

今回は前回の記事、”最終的に「心が癒される」秘訣とは何なのか？”の後編です。

前回の記事で、長年たっても苦しい状態からなかなか癒されない方と、心が癒されていく方には決定的な違いがあるという事までをお伝えいたしました。
今回は、その最終的に「心が癒される」秘訣をお伝えさせて頂きます。

私は苦しさの只中にいる時、ずっと疑問に思っていたことがありました。
それは、「心が癒された方と癒されず苦しい状態にいる人は何が違うのか？」という事です。

私が苦しさのピークにいた時は、「もう、一生この状態は続くんだ」と思えて失望していたのですが、生活の環境が変わり、「どうしようもない苦しさの中」からでも心が癒された方が実際には何人もいるという事実を知ってからは、その問いが常に私の中にはありました。
「一刻も早く癒されたい。自由になりたい」という気持ちが強く存在していたからだと思います。

前回の記事でもお話させて頂きましたが、私の周りには私自身も含めて、ただ普通に日常生活を送る事すらもままならないほど苦しかった状態から癒されて、今では幸せに日常を送っていらっしゃる方と、何年にも渡って、苦しい状態から未だに癒されずにいらっしゃるようにみえる方がいます。

私自身がどうしようもなく苦しかった期間というのは、約６年間ほどだったのですが、その期間の中には、自分の人生をあきらめてしまわずにはいられないほどの苦しさや失望感、自己嫌悪、劣等感などの否定的な感情を何度も感じ、苦しみました。
苦しさのピークの時には、なかなか眠つくことすらままならず、ようやく眠ることができても、夢の中ででまで現実のように苦しみ、そして朝（昼）に目が覚めたと同時に気分が落ち込み、布団から起き上がることすらもできず、五体満足であるにもかかわらず、わずか数メートルの距離を立ち上がってトイレまで歩いていくエネルギーすらなくて、何とかはってでなけれ行く事が出来ないほどまでに、酷い状態でした。

しかし、私自身はそのような絶望的にも思えていた状態から癒されることができました。
そして私はこれまで、以前の私のようにそのような苦しくてどうしようもない状態から癒された方々を何人も見てきました。

又、自分の状態が改善されてからは、以前引きこもりだった方や心が病まれて苦しいような状態から癒された方々に、その状態からどのようにして抜け出ることができたのか？、癒される事ができたのか？、といったようなのお話（秘訣）を多く聞かせて頂きました。

そしてその一方では、私が出会った時から当時の私と同じような苦しい状態で、未だに状態からずっといまだに癒しに向かっていないように感じられる方も私の周りにはいらっしゃいました。

そのような事実を通し月日が経つにつれて、いつのまにか「癒される方と癒されていかない方の違いとは何なのか？」という問いの答えが、私の中にはありました。

今思えば、私自身が癒しへと向かった瞬間というのは
「自分も今の状態から抜け出す事が（癒される事が）できるかもしれない」

と思えた時のように思います。そして、

「自分はこの苦しい状態から出ることができる（抜け出せる事ができる）」

と信じる事ができるようになって、現実を否定的な目線でだけでみるのではなく、しっかり見つめる事ができるようになった時が、私自身の苦しさのトンネルから抜け出せた時だったのだと思います。　
どうしようもない苦しさに対して”心が癒された”瞬間だったのだと思います。

これまで私は、自分の体験も含めて何人もの心が癒された方と、心がなかなか癒しに向かっていかない方々をみてきました。

そして、なかなか癒しに向かっていかない方々の中には、悲しい事に自らの手で自分の命を絶ってしまった方もいらっしゃいました。

<strong>心が癒されていった方と、なかなか癒されない方、癒されなかった方を見比べていった時に私が解った事というのは「癒されたい」という強い思いが、その人の中に"あるのかないのか"という事によって癒されていくのかいかないのか、という事が決まっていくという事です。</strong>

最終的に、「心が癒される秘訣」というのは自分の心が癒されるその時まで「癒されたい」と想い続けられるか？という事によって決まるのだと思います。

自分自身も含めて、これまで私が見てきた「心が癒された方々」というのは、みんな自分の心が癒されるまでずっと「癒されたい」と思い続けてきた人です。

私自身が癒されるまでには本当に多くの方に助けて頂きましたし、心が癒される為の学びを自分なりにずっと続けました。
<strong>しかし、どんな方と出会い助けて頂いたとしても、どんなに心理学や啓発などの心の世界の事を勉強したとしても、最終的にはこの「癒されたい」と願う気持ちが自分の中になければ、「自分は癒されるんだ」という意思が自分自身になければ、最終的には癒されなてはいかないのだと私は感じます。</strong>
自らの手で命を絶ってしまった友人が、以前このような事を言っていました。
「自分はもう、治らなくたっていいんだ」と・・・。

私自身も、意地になって自分に嘯いてそのような事を口に出して言ってしまった事もありましたが、苦しさの中にいた時でさえ、そのように本気で思ったことは一度もありませんでした。
強い意志や思いによってそのように思わなかったのではなく、ただ、自分の人生をあきらめる事ができなかったんです。

もしもあきらめてしまったら、「自分のこれまでの苦しみは何の為にあったんだ」と考えると、絶対に「治らなくたっていい、癒されなくてもいい」だなんて思うことが、私にはできませんでした。

そしてその強い思いが、最終的には「失望のトンネル」に光をもたらし、癒しを与えていったのです。
最終的に「心が癒される秘訣」というのは、苦しみのトンネルを抜け、自分の心が癒されるその時まで「癒されたい」と思い続けることができるかどうか、願い続ける事ができるかどうか、という事によって決まっていくのだと私は思います。

「癒し」に行き着くまでには、苦しい所やきつい所を何度となく通るかもしれません。
しかし明けない夜はないように、苦しみの闇が明けないという事も決してないんです。
時には苦しみの闇が一生続くと思えたとしても、「必ず」その闇が明ける時はやってきます。

ですからもし、今も苦しみの只中にいらっしゃる方がこのブログを読んで下さっているのなら「癒されたい」とだけ願い続けてください。
「自分は癒されなくてもいい」だなんて思わないで、癒される事を願い続けてください。
その思いこそが、最終的にはあなたを癒しへと導いていきます。

<strong>最終的に「心が癒される」秘訣とは、自分の意思で「癒されるんだ」と”苦しくてもつらくても癒されるまで願い続ける事”です。</strong>
最終的には、その自分の強い意思が、すべてを、癒しをもひきよせていきます。

失望せずにあきらめることなく、そう思い続ける事さえできれば、「必ず心は癒される」と私は確信を持っていう事ができます。
<strong>又、失望してしまっていたとしても、あきらめてしまっていたとしても、「癒されたい」という想いが強くあれば、その失望やあきらめは、一貫性のものにすぎません。いつまでも、失望感やあきらめてしまう気持ちが続くことはないということです。</strong>なぜならこれまで、失望している状態やあきらめてしまっている状態からでも、そのように「癒されたい」と本気で願い続けて、癒されていった方々をこの目でたくさん見てきたからです。

今回は、自分自身の経験や多くの方々を拝見してきて私が行きついた、最終的に「心が癒される秘訣」と何なのか？という事をお伝えさせて頂きました。
少しでもこのお話があなたのお役に立つ事ができたのなら本当に幸いです（＾＾）
]]></description>
         <link>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2007/11/post_32.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">■　幸せな考え方</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 16 Nov 2007 09:12:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>最終的に「心が癒される」秘訣とは何なのか？（前編）</title>
         <description>どうも、よーえつです（＾＾）
昨日、苦しい期間を一緒に過ごしてきた友達と半年振りくらいにお茶を飲みにいきがてら、いろいろなお話をしました（高木先生との出会い編に出てくる友達です）。
最近の近況の事やお互いに大好きな格闘技の話、また初めて出会った頃の話などをしては話の華を咲かせていたのですが、そのような話の中で、最終的には苦しみの中から「癒されていく人」と「癒されていかない人」の違いとは何なのか？といったようなお話になりました。　

私も彼も以前は、日常生活を普通に送ることすらもままならないくらいどうしようもなくとても苦しい心の状態だったのですが、そのような所から私たちのように心が癒されていった人と、五年前に出会った時から今でも心がなかなか癒されず苦しい状態いる人が、私たちの周りには現在もたくさんいらっしゃるからです。
そして、癒されていかなかった方の中には悲しい事ですが、自らの手で自分の命を絶ってしまった方が何人もいらっしゃいました・・・。

その亡くなってしまった方々というのは皆とても親しい方でしたので、そのような悲しい現実に逢うたびに、

「どうして・・・。何でこんな事が起こるんだ・・・・。」

と失望しましたし、うな垂れました。
もの凄く心が痛みましたし、まるで自分自身の事の様に感じずにはいられませんでした・・・。

以前もこのブログでお話させて頂きましたが、私自身も一歩間違えれば、そのようになってしまっていたかもしれないようなどうしようもなく苦しい状態でしたし、実際に行動に移してしまった時もありました。
ですからそのようにしてしまった方々の気持ちは良くわかりますし、このような言い方はあまりしたくはありませんが、「生前」に、その方々とご飯を食べにいったり飲みに行ったりしては、心の世界のお話を良くしていました。
私は幸い今もこうしてここに存在し、いろいろな事がありながらも幸せに日常生活を送り、今、このブログの更新もできている訳ですが、一歩間違えれば私自身もそのようになってしまっていたかもしれません。

しかし、私や彼は癒されました。
又、そのような苦しい状態から癒されていった方々の事もこの目でみてきました。　

そして、彼とお話をしていて解りました。
そのように自らの手で命を絶ってしまった方や五年前に出会ってから未だに苦しい状態にいらっしゃる方と、心が癒されていった人との決定的な違いというのが・・・。

その「違い」とは何の事だと思いますか？
このお話の続きは、次回お伝えします。

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         <link>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2007/11/post_33.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">■　幸せな考え方</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 14 Nov 2007 08:20:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>雑談です。</title>
         <description>どうも、最近は海のルアーフィッシングにハマっているよーえつです（＾＾）

いつもこのブログの記事を更新する時は、何かしらの「テーマ」を決めて、そのテーマについてのお話しをこれまではさせて頂いてきましたが、今回は突然ですが気が向きましたので、テーマも決めず何となく頭に浮かんだお話ししたい事をお話しさせて頂きます。

私は良く「変わり者」だとか「おもしろい（おかしい）」だとか「普通じゃない（言い意味でも悪い意味でも？）」と言われます。又、友達や回りの方々に前に引きこもっていた事をいうと、だいたいの人は「しんじられない」と言われます。
見た目は、明るい今風の茶髪の兄ちゃんですから、以前の私の状態が想像が付かないのかもしれません。さらに、そのような風貌であっても、曲がりなりにもカウンセラーをさせていただいたり、時にはセミナーの講師などもさせて頂いたりしているのですから、その見た目との違いにギャップがあるのかもしれません。
自分としては、その人々の反応やギャップがおもしろいので良いのですが、やはり回りから見ると、とてもミスマッチに見えるようです。でもそれだけ「～のようにあらなければならない」という「ねばならぬ人生」から解放されたんだ！と自分で自分の事を勝手に良い方に解釈しています（笑）

又、私は「非行」に走っていた時期があるのですが、苦しくてひきこもりになった事も、不良の友達と一緒にバイクに乗って暴走行為をしたり、喧嘩をしたり、ここではあまりお話しのできなような事すらもした事もすべて「ありのままの自分という存在」を「誰かに受け入れて欲しい」というその欲求の現れだったように思います。きっと、「自分という存在」がきっと不安で不安で仕方が無かったのでしょう。

当時、十代の頃の私は、世の中の価値観で見れば「ご立派ですね」と言われるような仕事をしている父を持った事も、不安定で心の安まる事のない家庭の状況の中でなんとか過ごした小学生時代の事も、自分自身を生きたいのになかなか自分を生きる事の許されないような現実だった事など、まだ子供だった自分にはどうしようにも変えようのなかった現実を受け入れる事ができず、少し現実を自分で何とかできるようになった年齢になった時に、子供時代の時間を取り戻したり、何とか過去を変えようとしてもがいていたのかもしれません。
以前このブログで少し触れましたが、不登校や引きこもりの状態から解放されて、精神的にも安定してからは、ギャル男になってそのようなサークルにも入ってクラブへ行ったりと遊びほろけていた時期もあるのですが、これからはこのブログのタイトルのとうりの引きこもりだった時の事は勿論の事、ギャル男だった時のお話しや又親との関係の事、バイクを乗り回していたヤンキーだった時の事や不登校・引きこもりの方々、非行少年、援助交際、家出少女方々と関わらせて頂いた時の事などをお話しさせて頂こうと思っています。又そのほかにも、前向き・肯定的になれるような心のお話しや、心理学のお話し、又本のご紹介などもさせて頂こうとも思っています。

ですから（って何のつながりもありませんが）宜しければ皆さんブログにコメントを下さい！
やはりコメントを頂くと、このブログを更新するモチベーションとエネルギーになりますので宜しくお願いします。
それでは一人の勝手な雑談を終わらせて頂きます(^_^)</description>
         <link>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2007/09/post_29.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">■その他</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 29 Sep 2007 02:53:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ひきこもりから解放される人とされない人の少しの違い２</title>
         <description><![CDATA[今回は前回の記事「ひきこもりから解放される人とされない人の少しの違い１」の続きです。

前回の記事では、苦しくなって行くにも、心が癒されていくにも、初めはほんの少しの違いなのですが、そのほんの少しの違いが、徐々に大きくなっていき結果として「心が癒されるのか、それとも苦しくなってしまうのか」という事へとなっていくというお話しをしました。

今回は、引きこもりから解放される為に、自分で簡単にできる事で、とても効果的であり即効性のある方法をお伝えさせて頂きます。

精神的に日々苦しくなっていく人と心が癒されていく人のホンの少しの違いについて、たくさんあげられる事はあると思いますし、自分が感じている感情を、時としてしっかり味わう事や、その苦しみの中にいるからこそ得られる事や気づきなどもありますので、一丸にその違いについて言う事は出来ないと思うのですが、苦しみから一時的ではなく本当の意味で解放されて行くという事において、即効性がありとても効果的な方法とその違いについてお話しします。

「心が苦しい状態から、一刻も早く心が癒されていく」という事において、自分が意識するだけでできる事でありとても効果のある事というのは、”自分が苦しくなってしまっている時というのはどのような考え方をしているのか？”という事を、自分で一番初めに理解する事です。

少しわかりづらいと思いますので、もう少し詳しくお話しさせて頂きますね。
自分はどのような考え方をしているのか？という事を「苦しくなっていくのか、それとも心が癒されていくのか？」という事に当てはめて考えてみた時に、心が苦しくなってしまった時というのは「どういう事を考えているのか？どのような考え方をしているのか？」という事を、苦しい気持ちに押しつぶされずに冷静になってみてみる事がとても大切な事なんです。
「自分は今、どのような考え方をしているから苦しいのだろうか？」
と自分の考えを見つめる事が出来るようになりますと、「自分を責めているから苦しいんだ」とか「不安になるような事を考えているから苦しいんだ」といった具合に、気分が落ち込んだりと苦しくなってしまった時に、そのような状態になってしまった原因として「苦しくなるような考え方」をしてしまっている事に気が付く事ができるようになっていきます。
そして、この「自分が苦しくなってしまう思考」に気が付く事ができるようになると、意識的にそのような思考にストップを掛けるたり、考えないよう心掛ける事もできますし、何度も何度もこの事を繰り返し、苦しくなっている時の思考に、自分で気がつけるようになると、その考えにストップを掛けたり考えないようにだけするばかりか、苦しい状態からでも、前向きな事を考えれる事ができるようになったり、ある程度自分の気分の波をコントロールできるようになっていきます。

<strong>ですから大切な事というのは、自分が苦しくなってしまっている時に、「どのような事を考えているのか？」という事にまず最初に気が付く事なんです。</strong>

心が癒されて引きこもりから解放されていく人というのは、みんな意識的に、このようにしている訳ではないとは思いますが（私自身もひきこもりの状態から癒されていく段階で、このような事を意識してしていた訳ではなく、引きこもりから解放されてから始めました）意識的にでも無意識的にでも、心が癒されていく人はみな、自分を責めたり嘆いたりといったような、自分が苦しくなる思考をやめていく事ができるようになっていくからこそ、心苦しい状態から抜け出す事ができるんです。
ですから、もしあなたが心が苦しくて現在もひきこもっていらっしゃるとするのなら、自分が苦しくなってしまうような思考を無意識にしてしまっている事にまず気づいて、そして意識的に、その思考を自分が苦しくならないような前向きな考えや肯定的な思えへと変えていくような習慣を持つように心掛ける事ができるようになりますと、引きこもりから解放されていった方のように、徐々に苦しさから解放されていきます。

<strong>苦しい・気持ちが落ち込む　→　冷静になってその状態の時に考えている事や思考は何なのか？という事に気が付く　→　自分が幸せになるような考えに意識的に変える　→　苦しさから解放されていく</strong>

このような思考法も、初めはなかなかできないかもしれませんし難しく感じられる方もいらっしゃるとは思いますが、意識的にこの事を繰り返していく事をしばらく続けていると、意識しなくてもこのような事が自然にできるようになっていきますし、苦しさから徐々に解放されていくようになります。

今回紹介させて頂いた療法とは、たくさんあるの中の1つなのですが、私の経験では、苦しくなった時にもっとも即効性があって効果的な事であり、又とても簡単なものでしたのでお話しさせていただきました。しかし、どんなに効果的でな事だとしても、実際にやらなければ、まったく効果はありませんので是非やってみて下さいね（＾＾）

<b>引きこもりから解放されていく人と解放されないひとの少しの違いとは、この「考え方」にあるんです。</b>
私が苦しくなっていった１４歳の頃は、日々を過ごすごとに苦しくなって行きました。
そして、１８歳の頃からは、徐々に心が癒されていきました。
つまり、14歳の頃は自分が苦しくなってしまう思考をしてしまっていて、１８歳の頃からは、苦しくなってしまうような思考をしている自分に気が付いて、改善していくように心がけるようになったんです。

これは私の経験や体験から確信をもっていえる事ですが、引きこもりから解放されて行く人はみんな、意識的であるか無意識的であるかはその人によって違いますが、例外なくこの「考え方」が自分の苦しくなってしまうようなものから、自分が苦しくならないような（幸せになれるような）ものへと変わっていっています。
私はこの事が無くして、人が引きこもりの状態から解放されていくのは、不可能な事なんだろうな～、と勝手に思っています（笑）

今回は前回の続きも「ひきこもりから治る人と治らない人の少しの違い」についてのお話しや「引きこもりから解放されていく為に効果的な療法」をお伝えさせていただきました。
このブログの記事が少しでもあなたのお役に立てたら本当に嬉しいです。
]]></description>
         <link>http://frees1010.sakura.ne.jp/hikki/2007/09/post_28.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">■不登校・ひきこもり</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 20 Sep 2007 09:57:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ひきこもりから解放される人とされない人の少しの違い１</title>
         <description><![CDATA[どうも、よーえつです（＾＾）

「ひきこもりから解放される人とされない人の違いとは何ですか？」と言ったような質問を数件頂きましたので、今回は、以前メールマガジンで書かせて頂いた「ひきこもりから解放される人とされない人の少しの違いとは？」という記事に加筆・修正を加えてをお伝えさせて頂きます。

私が「引きこもり」の状態から完璧に解放されたといえるような状態になったのは２０歳の時でした。
１８歳くらいの頃には、毎日ひきこもっているような状態ではなかったのですが、まだ精神的に不安定で、一人でお店に買い物に行ったりすると時に、店員やお客の視線に恐れを感じる事があったり、大勢の人がいる場所で一人でいるだけでどうしようもなく不安を感じたりしてしまうような場合がよくありました。又、同級生や知り合いの話を耳に挟んだりすると、そのたびに「オレは何をしてるんだろう・・・」と自分を責めずにはいられませんでした。
当時の状態と言うのは、多くの方の助けにより引きこもりの状態からは脱出できたものの、まだ毎日の日々の中で苦しさを感じない日はない、といったほどの精神状態だったのです。

頑張ってアルバイトなどをはじめても、毎日決まった時間に行かなければならないという事がとても苦しかったり人間関係を築く事がなかなか難しく、短くて１日、長くても三ヶ月続けるの限界の状態でした。

しかし、そのようなリハビリ？の段階を経て少しづつ心の状態が回復していったのです。

１４歳の悩み始めた頃は、普通の日常生活を問題なく送る事のできる心の状態から、徐々に少しずつ苦しくなっていき最終的には引きこもらずにはいられないような状態にまで陥り、そして１８歳くらいの時は引きこもらずにはいられなような苦しい状態から、少しずつ心が癒されてどんどん心が癒されて行きました。

<b>ポイントは、１４歳の頃、１８歳の頃共に「少しずつ」悪い状態にも良い状態にも変えられていったという事です。苦しくなるにも癒されるにも、初めはほんの少しの違いなんです。
しかし、そのほんの少しの違いが、「癒されるのか苦しくなるか」という結果に現れてゆきます。</b>

私が１４歳の頃、この少しの違いを知っていたのなら苦しくなる事も、そののちに引きこもる事もなかったのかもしれません。
そのように苦しくなっていく人と、癒されていく人のホンの少しの違いとはあなたは何なのだと思いますか？

このお話は、次回に続きます♪
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">■不登校・ひきこもり</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 18 Sep 2007 18:49:45 +0900</pubDate>
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         <title>人生は出会いで決まる（高木先生との出会い編）４</title>
         <description><![CDATA[どうも、よーえつです。
今回は”人生は出会いで決まる（高木先生との出会い編）”の最終回です。

前回の記事では、高木先生との出会いがどのようにして私の人生へと影響を与えていったのか？という事をお話しさせて頂きました。今回は、前回の記事のその後、私はどうなっていったのか？という事をお話しさせて頂きます。

私は今から約五年前の夏の終わりに、実家を出て高木先生も住んでいる町へと引っ越して、一人暮らしスタートさせました。
私の中では、「自分の住んでいる環境や状況が変われば、自分は絶対変わる事ができる」と信じていたのですが、現実はなかなか厳しく、いきなり変わるなんていう事もできずに初めは相変わらず苦しい日々でした（大きいスパンでみれば、家を出た事で心が癒され変わる事ができたのですが、すぐに心の状態が良くなったり変わったりという事はありませんでした）

当時は精神的にもまだ不安定で毎日毎日寂しい思いをしていましたし、孤独感や不安に潰されてしまいそうな毎日でした。又、大人や権力に対する反発心や劣等感、将来に対する不安からくる失望感が私の心の中を渦巻いていましたが、そのような中にあっても少しづつ心は癒され、新しく出来た友達とバンドをしたり釣りへ行ったり、旅行へ行ったり心の世界の学びをしたり、アルバイトを始めたりと少しづつ、そして確実に心は癒されていきました。

正直初めは、本当に絶望しそうな毎日の連続でしたが、そのような中にあっても、「自分は絶対に変わるんだ（癒されるんだ）」という思いが私の中には強くあったからこそ癒されていったんだと思います。
「いつになったら、この暗闇から抜け出す事ができるんだ・・・」毎日毎日思わずにはいられませんでしたが、ぞれでも「変わりたい（癒されたい）」という思いだけは私の中に常にあり続けました。
なぜなら、「苦しいままで自分の人生をずっと過ごしてしまったら（一生を終えてしまったら）自分の人生は何の為にあったんだ・・・」と思ってしまう事だけは絶対にしたくない。そんな風になってしまうなんて絶対に認められない。と思っていたからです。

又、引っ越した事で、高木先生の所属する教会へと行くようになってから、沢山の出会いがあった事も希望を持ち続ける事の出来た理由だと思います。
当時の私のような、「精神的に不安定な苦しくてどうしようもないような状態」から、心が癒されて解放されていったという体験を持つ方々との出会いが与えられ、そのような方のお話しを聞かせて頂いたり、絶望の淵から抜け出して幸せになる事ができた人というのが実際にいる、という事を知る事によって私は希望を持ち続けられたんだと思います。

しかしそうではあっても、当時の私にとって、「自分はこれから幸せを感じて生きていけるようになれる」と心から思う事は容易な事ではありませんでしたし、希望をみる事が出来るようにまで変わるまでの道のりは本当に大変でした。
心の勉強をすればするほど、親に対する怒りは溢れてきてどうしようもなくなりましたし、一人で寂しい夜は人知れず布団の中で泣かずにはいられないような日々は続きました。
そのような段階を踏みながら、私の心は少しずつそして確実に癒されていったのです。


そして私は、ここでも圧倒的な体験をしました。
この体験こそが、今私がさせて頂いている活動へと繋がっています。

その圧倒的な体験とは、以前の記事でもお伝えさせて頂いた「人から受け入れられる」という体験を、又したのです。
そして、ここで私を受け入れてくれた方というのは、そう高木先生でした。

ある日私は、「人生を掛けた」と言い切っても過言ではないほどの、とある事を決断をしたのですが、自分で決めた事なのにもかかわらず、不安で不安でやり切れなくなって高木先生とお話ししました。

その時高木先生に、その決断に纏わる私の疑問や不安についてを、私の目線からお聞きしたのです。

その時お聞きした事と言うのは、とてもこのブログ上では今はお話しできるような事ではないのですが（機会があったらいつかお話しします）社会的に、またモラル的に「こんな事を聞いてしまっては絶対にまずいだろ」と誰もが思ってしまうような事をお聞きしました。
ましてや、高木先生はカウンセラーとはいえ「牧師」という立場です。
その牧師に、そのような事を言うという事は、当時の私にとっても大きなチャレンジでした。
しかし本当にその事を真剣に心の底から疑問に思っていた事と、高木先生を「ここまで言っても受け入れてくれるのだろうか」という気持ちがあり、試すような心でお聞きしました。
しかし「ダメ」と言う事も、カウンセラー特有の言葉の話術でうまくかわす事もなく、「いいよ」と言って下さいました。
<strong>
私の存在を、そのまま受け入れてくれたのです</strong>

なぜ、「受け入れてくれた」と思えたのか？というと、私がお聞きして高木先生が「いいよ」と言って下さった事を、もし私が実際にして「高木先生が良いと言ったからしたんだ」と言ったのなら、私だけでは無く高木先生も罪を問われるというか、タダではすまなかった事だからです。（特に、当時の私は未成年ですし先生は私のカウンセラーな訳ですから）
しかしそのように、高木先生にとって何も関係なくメリットない事なばかりか、とても大きなリスクのある事であったにも関わらず、先生は私の心に寄り添うために、私の事を「受け入れる」という事を態度で示して下さったのです。

そしてこの体験は、私の中でとても大きな体験として強烈に残っています。

<strong>聖書には「愛とは、犠牲を伴うものである」と言ったような事が書かれていますが、まさに先生は自分を犠牲にしてその「愛」を示して下さったのだと思います。</strong>
この一件があってからと言うもの、私の心は変えられていきました。

勿論、すぐに幸せを感じられるようになっただとか、心が癒されただとかいう事はありませんが、この一件を通して私は、確実に変わりました。
そして、私も「そのような人を受け入れる事のできる者でありたい」という強い思いから、現在のような心関係のお仕事をさせて頂くまでになりました。

この一件の後も、相変わらず先生は私と関わって下さいましたし、今もなお高木先生は、私の先生として関わって下さっています。

先生との出会いは、確実に私の人生に変化をもたらしました。
先生と出会って私の人生は変わったのです。

正に、「人生は出会いで決まる」という事だと思います。
なぜ、高木先生との出会いを書いた記事のタイトルを「人生は出会いで決まる」にしたのかと申しますと、実際高木先生との出会いで私の人生が変わった。という事もあるのですが、いつも高木先生は「人生は出会いで決まる」とおっしゃっているからです。

それでは最後に、私からも言わせて頂きます。

<strong>人生は、出会いで決まる（＾＾）</strong>


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         <pubDate>Sat, 15 Sep 2007 06:17:38 +0900</pubDate>
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